東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2217号 判決 1975年9月29日
控訴人 谷岡節夫
右訴訟代理人弁護士 三輪長生
被控訴人 菊池秀之
右訴訟代理人弁護士 荻野陽三
右訴訟復代理人弁護士 田部井俊也
同 本田洋司
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は被控訴人に対し金五四万七、四〇五円の支払を受けるのと引換に原判決添付物件目録(二)記載の建物を引渡し、同(一)記載の土地を明渡せ。
(二) 控訴人は被控訴人に対し昭和四六年一〇月二六日以降右引渡および明渡ずみに至るまで一ヶ月金三万五、三四三円の割合による金員を支払え。
(三) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
三、この判決は、被控訴人において金二〇〇万円の担保を供するときは被控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴代理人の付加陳述)
(一) 控訴人が江口三室から本件土地の賃借権を譲受けるについて被控訴人の承諾を得た事実が認められない場合、控訴人は、借地法第一〇条に基づく本件建物についての買取請求権の行使として、昭和四六年一〇月二五日午前一〇時の当審口頭弁論期日において本件建物を金五〇〇万円の時価をもって買取るべきことを被控訴人に対して請求した。
(二) 被控訴代理人の当審での陳述において主張されている本件土地の相当賃料額については、昭和三九年四月一日から昭和四二年三月二日までの分に関するものは認めるが、その他の分に関するものは否認し、本件建物の相当賃料額についても否認する。
本件土地の昭和四二年三月三日から昭和四六年一〇月二五日までの間における相当賃料額は一ヶ月金一、五〇〇円であり、本件建物の昭和四六年一〇月二六日以降の相当賃料額は一ヶ月金二、五二〇円である。
(被控訴代理人の付加陳述)
(一) 江口三室から本件土地の賃借権を譲受けたのは控訴人ではなく、山崎広こと山崎宏であるから、本件土地の賃借権を譲受けていない控訴人につき本件建物の買取請求権が生ずるいわれはない。
(二) 仮りに控訴人が右賃借権の譲受人として被控訴人に対する本件建物の買取請求権を取得したものと認められるとしても、本件建物の時価に関する控訴人の主張は否認する。
もし右買取請求権の行使がその効果を生ずるとすれば、被控訴人は控訴人に対し左記(1)(2)の債権を有するので、昭和四八年五月九日午前一〇時の当審口頭弁論期日において右(1)(2)の債権(担し(2)の債権については右期日までに弁済期到来ずみの分に限る。)を自働債権として、控訴人の被控訴人に対する本件建物買取代金債権と対当額において相殺する意思表示をした。
(1) 控訴人の本件土地に対する不法占有に基づく損害賠償債権。
控訴人は、昭和三九年四月一日以降昭和四六年一〇月二五日(被控訴人に対する前記買取請求権行使の日)まで権原なく本件土地を占有して本件土地の所有権を侵害したことにより、被控訴人に対しその相当賃料額、すなわち、(イ)昭和三九年四月一日から昭和四二年三月二日までの期間における一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による合計金三万五、〇六七円、(ロ)昭和四二年三月三日から昭和四五年一月五日までの期間における一ヶ月金二万五、八〇〇円の割合による合計金八七万九、七八〇円、(ハ)昭和四五年一月六日から昭和四六年一〇月二五日までの期間における一ヶ月金三万五、九四二円の割合による合計金七七万八、七四三円以上総計金一六九万三、五六〇円相当の損害を蒙らせた。
(2) 控訴人の本件建物に対する不法占有又は引渡義務不履行に基づく損害賠償債権。買取請求権の行使により本件建物の所有権が被控訴人に移転した後も控訴人は本件建物を被控訴人に引渡さず、依然その占有を継続して被控訴人の所有権上の使用収益を妨げ、もって被控訴人に対しその相当賃料額に当る損害を蒙らせつつある。ところで本件建物の相当賃料額は一ヶ月金三万七、一四三円をもって相当と考えられるから、買取請求の日の翌日たる昭和四六年一〇月二六日から前記相殺の意思表示のあった前月たる昭和四八年四月二五日まで一六ヶ月分の相当賃料額の合計は金五九万四、二八八円となり、これが右期間中の被控訴人の損害である。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一 被控訴人が本件土地の所有権者であることおよび控訴人が昭和三九年四月一日以降本件建物を所有し、その敷地として本件土地を占有してきたことは、当事者間に争いがない。
二 そこで控訴人の本件土地占有が被控訴人に対抗し得る権原に基づくものであるかどうか(借地法第一〇条の規定に基づく本件建物の買取請求の成否については後述するところに譲る。)について考察する。
本件建物がもと被控訴人の所有であり、昭和二三年一二月三日被控訴人においてこれを江口三室に売渡すとともにその敷地たる本件土地を期間を定めずに同人に賃貸したことは当事者間に争いがないところ、控訴人は昭和二九年頃江口三室から本件建物の所有権とともに本件土地の賃借権を譲受け、右賃借権の譲受については被控訴人の承諾を得た旨主張するので按ずるに
(一) ≪証拠省略≫を総合すると、左記事実を認めることができる。
(1) 被控訴人は昭和二八年暮頃江口三室から本件建物を他に処分したいので本件土地の賃借権の譲渡につき承諾を与えられたいとの申出を受けたが、その際における江口三室の説明によると、同人が本件建物で営んできた食料品販売業の経営不振のため、いまだ買主は未確定であるが本件建物をしかるべき第三者に売却の上自らは他の地に店舗を探しあらたに飲食店を始めたいとのことであった。一方被控訴人としては江口三室を信頼し同人が本件土地に永住するという条件でこれを賃貸してきたものであるところ、さような関係から、事情としては止むを得ないが、本件土地の賃借権の譲受人は江口本人と同様に本件土地に永く居住する意思を有する信頼のできる者を見付けてほしいとの希望を付した上で江口三室の右申出を了承した。当時、被控訴人は、海上保安庁に勤務し広島県呉市の任地に在り、東京の自宅には年末年始の休暇等を利用して帰るだけであったところから、江口三室の立てた見込に従い本件建物の買主が確定するまでに要する期間として約三ヶ月の余裕を置いた昭和二九年三月三一日付をもって、江口三室から本件建物を買受けた本人に限り本件土地を賃貸することを承諾する旨の江口三室宛ての書面を作成し、被控訴人より同人の不在期間中本件土地その他の賃貸土地についての賃料の取立を委託していた塚越己秋(被控訴人の妻の父)にこれを預けるとともに、本件建物を江口三室から買受けた者に対する本件土地の賃借権の譲渡に関する承諾についての折衝をも塚越己秋に委任して呉市の勤務先に帰任した。
(2) 昭和二九年三月頃江口三室から被控訴人の留守宅に、本件建物は山崎と称するサラリーマンに売渡すことに決まったとの連絡があり、本件土地の賃借人のいわゆる名義書換料として金四万円が届けられた。同年一二月末頃、山崎広こと山崎宏(以下において特に記載する場合を除き「山崎宏」という。)が被控訴人の留守宅を訪れ、自分が江口三室から本件建物を買受けて居住することになった者であると伝え、同年四月分から一二月分までの本件土地の賃料として金三、八七〇円を支払った。爾後本件土地の賃料については、昭和三二、三年頃山崎宏が本件建物から他に転出するまでの間、毎月被控訴人側から取立に赴いてこれを領収してきた。なお、地代領収通帳には最初の一、二年間は宛名人を「山崎広」と表示し、右通帳に賃料取立の都度領収の印を押捺してきたところ、昭和三二、三年頃山崎宏の妻操(その後離婚により山田姓を称している。)から、夫山崎宏は妻の戸籍に入り「谷岡」と改姓することになった(実際には山崎宏につきかかる改姓はなされていない。)ので通帳の宛名中の「山崎」を「谷岡」と書換えてほしいとの申入が被控訴人の妻菊池志げ子になされたので、そのように取計らわれた。その頃控訴人が家族とともに本件建物に入居し、しばらくの間山崎宏夫婦と一緒に居住していたが、やがて山崎宏夫婦は他に転居した。しかし、控訴人が家族とともに本件建物に移転し、また山崎宏夫婦が本件建物から退去した後も、本件土地の賃料の支払方法については従前となんら異るところがなかったので、被控訴人側では控訴人とその家族は山崎宏の同居者又は留守居として本件建物に住んでいるもので賃料は山崎宏から支払われているものと考えていた。
(3) ところが、昭和三七年頃、被控訴人方の使用人が「谷岡広」あての同年度における賃料領収のための通帳の右宛名中「広」の文字を控訴人側の者からいわれるまま「節夫」と訂正したことがあり、これを知った菊池志げ子は、直ちに本件建物に赴き、応待に出た控訴人の妻に対し右訂正には応じられないといって従前どおりの宛名に書直したのであるが、その後においても、「谷岡広」宛てに発行された昭和三八年度分および昭和三九年度分の各通帳について、賃貸人の承諾を得ることなく右宛名中の「広」が抹消されてその右脇に「節夫」と記載されるということが繰返された。
(4) 被控訴人が昭和三八年一二月末頃本件土地その他の賃貸地の昭和三九年四月一日以降分の賃料の増額を請求し、山崎宏に対しては本件土地の一ヶ月分の賃料を金一、〇〇〇円から金二、〇〇〇円に増額する旨通告したところ、賃借人らは賃貸人の一方的な賃料増額請求には応じられないとして「借地人組合」なるものを結成し、従前どおりの額による賃料の供託を始め、本件土地の賃料については控訴人名義による弁済供託が続けられた。被控訴人はこの点を不審に思い昭和四二年一月頃本件建物の登記簿を調べたところ、昭和三九年五月二〇日受付をもって本件建物につき昭和三一年一一月九日の売買を原因とする江口三室から控訴人に対する所有権移転登記が経由されていることを知り、被控訴人の代理人としての弁護士荻野陽三から控訴人に宛てた昭和四二年二月一七日付郵便をもって、本件土地を控訴人に賃貸した事実はないとしてその到達後一〇日間内に控訴人の不法占拠にかかる本件土地を被控訴人に明渡すよう催告した。
≪証拠判断省略≫
前記(1)ないし(4)の各認定事実を勘案すると、被控訴人としては、山崎宏が江口三室から本件建物の所有権を取得しかつ本件土地の賃借権を譲受けたものと信じ、江口三室から山崎宏に対する本件土地の賃借権の譲渡につき承諾を与えたものとし、山崎宏を本件土地の賃借人として遇してきたものとみるべきである。
(二) ところで他方、≪証拠省略≫を総合すると、左記のような事実を認めることができる。
(1) 山崎宏は、本件建物に入居当時には、かねて勤務していた警視庁の運転手をやめて、妻操の姉の夫で不動産取引業を営む控訴人の運転手をしていたが、本件建物を買受けるだけの資力はなかった。
(2) 控訴人は、江口三室から本件建物の売却につき仲介を依頼されていた同業者二村良助の紹介により、昭和二九年春頃江口三室から本件建物を買受けたが、控訴人自身が本件建物の買主であることは、控訴人が将来これを転売しようと考えていたため本件土地の賃貸人である被控訴人に対する関係ではこれを伏せておき、本件建物の所有権移転登記手続に必要な書類を江口三室からもらい受けたまま、その登記手続をすることは見合わせていた。
(3) その頃山崎宏が住宅に困っていたところから、控訴人は同人をその家族とともに本件建物に留守居かたがた入居させたのであるが、本件建物の買受と同時に江口三室より本件土地の賃借権の譲渡を受け、その賃料の支払については、控訴人の負担において山崎宏をして同人名義(担し、前記地代領収通帳の表紙の宛名人の表示は前述のとおりである。)をもって被控訴人に対しその支払をさせていたのであって、前段認定のように、右通帳の宛名の「谷岡広」中「広」を「節夫」と訂正させたことに関して菊池志げ子からの異議により再度の書直しが行われたことに対して控訴人から別段抗議の申入等はなされなかった(なお、昭和三八年度分および昭和三九年度分の通帳の宛名中の「広」が「節夫」と書改められていることがいずれも被控訴人の承諾に基づくものでないことは既述のとおりである。)。
(4) 控訴人は本件建物の転売をとりやめ前述の保留していた本件建物に関する江口三室から控訴人への所有権移転登記手続をするため、昭和三九年五月頃、すでに江口三室が死亡していたのでその相続人石川まり子(石川孝男の妻)を訪れて、江口三室から本件建物を買受けたのであるがその登記手続に江口三室の相続人の印鑑証明書が必要であるためこれをもらい受けたいと掛合い、右石川夫妻も、買主が誰であったかは正確な記憶がないながらも先代江口三室が本件建物を売却したことは聞及んでいたので、控訴人の求めに応じ右印鑑証明書を控訴人に渡し、かくて本件建物につき江口三室から控訴人に対する所有権移転登記が経由された(右登記の受付年月日および登記原因については既述のとおりである。)。
≪証拠判断省略≫
(三) 叙上(一)および(二)において認定した諸般の事情を彼此照合して考察すると、江口三室との契約により本件建物の所有権および本件土地の賃借権を実際に譲受けた者は山崎宏でなく控訴人であるといわざるを得ないけれども、被控訴人に対する関係においては、上記のような本件建物の所有権移転登記が経由されていることを被控訴人が知るに至るまでの間、江口三室、控訴人又は山崎宏のいずれからも被控訴人に対して明らかにされることなく右事実は伏せられてきたものと認めるほかはなく、被控訴人としては、かかる状況からして江口三室から本件建物の所有権を取得するとともに本件土地の賃借権を譲受けた者は山崎宏であると信じて対処してきたものとみるのが相当であるから、たとえ江口三室から本件建物の所有権と本件土地の賃借権とを譲受けた者が実際には控訴人であるにせよ、被控訴人が江口三室より控訴人に対する本件土地の賃借権の譲渡につき承諾を与えたものとみる余地はいかなる見地に立つも全く存しないものといわなければならない。
とすると、控訴人が被控訴人の承諾を得て江口三室から譲受けた賃借権に基づいて適法に本件土地を占有しているとの控訴人の主張は採用することができず、このままでは控訴人は本件土地の占有を被控訴人の所有権に対抗し得ないものといわざるを得ない。
三 ところで控訴人は、江口三室からの本件土地の賃借権の譲受につき被控訴人の承諾がないとするも、被控訴人に対し借地法第一〇条の規定に基づく買取請求権の行使により本件建物の所有権が被控訴人に移転した旨主張するところ、本件のごとき建物収去土地明渡請求訴訟の係属中に借地法第一〇条の規定に基づく買取請求権を抗弁として主張するゆえんのものは要するに買取請求の結果として買取代金の支払を条件に同時履行又は留置権の作用により引渡を拒む趣旨にほかならないのであるから、結局、控訴人は本件建物買取代金の支払があるまで引渡を拒絶する趣旨であると解すべきことは弁論の全趣旨に徴し明らかである(最高裁判所判決昭和三六年二月二八日民集一五巻二号三二四頁参照)。
よって進んで按ずるに、控訴人は上述のとおり江口三室から本件建物を買受けるとともに本件土地の賃借権を譲受け、その後本件建物の所有権移転登記を経由した者であるところ、被控訴人は控訴人が本件土地の賃借権を譲受けることについて承諾をしていないのであるから、控訴人は借地法第一〇条の規定に基づき被控訴人に対し本件建物の買取請求をすることができるものというべきであり、控訴人が昭和四六年一〇月二五日午前一〇時の当審口頭弁論期日において被控訴人に対し本件建物を代金五〇〇万円をもって買取るべき旨の請求をしたことは本件記録に徴し明らかである。しかして≪証拠省略≫によると本件建物の右買取請求権行使当時の時価すなわち買取価格は金一八九万一、〇〇〇円であると認めるのが相当であるから、本件建物の所有権は買取請求の結果右買取価格を代金として被控訴人に移転したものというべきである。
四 そこで、被控訴人の主張にかかる相殺の再抗弁について判断する。
被控訴人が昭和四八年五月九日午前一〇時の当審口頭弁論期日においてその主張の本件土地および本件建物に関する各損害賠償債権を自働債権として前記買取代金債権と対当額において相殺する旨の意思表示を被控訴人に対してしたことは本件記録に徴して明らかである。よって右自働債権の成否について按ずるに
(一) 叙上に認定したところによると、控訴人は本件建物の買取請求権を行使するまでの間本件土地につき被控訴人に対抗し得べきなんらの占有権原を有せず、従ってその間被控訴人に対し本件土地の相当賃料額に当る損害を蒙らせたものというべきところ、昭和三九年四月一日から昭和四六年一〇月二五日までの間における本件土地の相当賃料額について考察するのに、(イ)昭和三九年四月一日から昭和四二年三月二日までの相当賃料額が一ヶ月金一、〇〇〇円(山崎宏関係における約定賃料額と同額)であることは当事者間に争いなきところによりこれを認むべく、(ロ)同年同月三日以降の相当賃料額については、当時被控訴人は山崎宏が本件土地の賃借人でないことを知るに至っていたのであるから右(イ)とは別途に考うべきところ、≪証拠省略≫によると、本件土地の相当賃料額としては、昭和四二年三月三日以降昭和四四年二月末日までは一ヶ月金一万八、五三八円、同年三月一日以降昭和四六年二月末日までは一ヶ月金二万四、五三八円、同年三月一日以降は一ヶ月金三万五、三四三円と認めるのが相当である。
≪証拠判断省略≫
とすると、被控訴人は控訴人に対し昭和三九年四月一日以降昭和四六年一〇月二五日(買取請求の日)までの間右の基準によって算出された相当賃料額の総計に相当する損害金債権を有するものというべきである。その計算関係は次のとおり、すなわち
(1) 昭和三九年四月一日から昭和四二年三月二日までの分金三万五、〇六四円(2)昭和四二年三月三日から昭和四四年二月末日までの分金四四万三、七一六円(3)昭和四四年三月一日から昭和四六年二月末日までの分金五八万八、九一二円(4)昭和四六年三月一日から同年一〇月二五日までの分金二七万五、九〇三円以上総計金一三四万三、五九五円となる。
(二) しかしながら本件建物に関する損害賠償債権はその成立を否定せざるを得ない。なんとなれば民法第五七五条により売買の目的物につき生じた果実は引渡あるまでは売主に帰属するものであり、本件の場合売主に該当する控訴人は本件建物の引渡あるまでその法定果実たる賃料所得を法律上当然に収得し得るものだからである。この関係は不法行為又は債務不履行等をもって律せらるべきものではない。
以上の次第であるから、被控訴人のなした前記相殺の意思表示は右認定にかかる本件土地に関する損害金債権額一三四万〇、三六九円の限度において効力を生じたものというべきである。そうとすればさきに認定した本件建物の買取価格金一八九万一、〇〇〇円から右損害金債権額一三四万三、五九五円を控除した残額五四万七、四〇五円はなお残存するものといわなければならない。(ちなみに、買取代金債権は建物の引渡と同時履行の関係に立つ等抗弁の附着する債権ではあるが、これを受働債権として相殺をなすことは妨げない。また本件の場合被控訴人は後記認定のように昭和四六年一〇月二六日から相殺主張時までの本件土地の相当賃料額を控訴人の不当利得金としてその返還請求権を相殺の用に供し得る理であるが、かかる主張があったとは認められないから、その判断をなすに由ない。)
五 叙上説示のとおりとすれば、控訴人は被控訴人に対し同時履行の抗弁権により本件買取代金額五四万七、四〇五円の支払あるまで本件建物の引渡を拒むことができ、反面その反射的効果として敷地たる本件土地の所有権に基づく明渡請求をも拒み得るものというべきである。
よって当裁判所は控訴人に対し、本件買取代金残額五四万七、四〇五円の支払を受けるのと引換に被控訴人に本件建物を引渡し、かつ、本件土地を明渡すべきことを命ずる。
六 次に被控訴人の本件土地に関する損害金請求について判断する。昭和三九年四月一日から昭和四六年一〇月二五日までの不法占拠に基づく損害金債権が相殺の用に供されて消滅したことはさきに認定したとおりであるが、昭和四六年一〇月二六日以降の分については買取請求権行使の結果不当利得金に変形(買取代金の支払あるまで建物の引渡を拒み得る反射的効果として敷地たる土地の明渡をも拒み得るとはいえ、元来敷地については権原のないものであるから、これを占有使用する限り賃料額相当の不当利得が成立する。)したものというべきところ、被控訴人の請求はこの場合には不当利得金として請求する趣旨と解されるから、以下その趣旨において判断するに、本件土地の昭和四六年一〇月二六日以降の相当賃料額が一ヶ月金三万五、三四三円であることは前記認定のとおりであり、控訴人は本件土地の占有使用を継続することにより相当賃料額たる右と同額の不当利得をしているものと認められるから、控訴人は被控訴人に対し昭和四六年一〇月二六日以降本件土地明渡ずみに至るまで一ヶ月金三万五、三四三円の割合による不当利得金を返還する義務あるものといわなければならない。
七 以上を要するに被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し買取代金残額五四万七、四〇五円の支払と引換に本件建物の引渡および本件土地の明渡を求め、かつ昭和四六年一〇月二六日以降右引渡および明渡ずみまで一ヶ月金三万五、三四三円の割合による本件土地に関する不当利得金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきも、その余は失当として棄却すべきである。
よってこれと異る原判決を本判決主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 判事小谷卓男は転任のため署名捺印できない。裁判長判事 古山宏)